Austin Healey Sprite Mk1 PART-6

2011年05月30日 08:00

機関は概ね好調で過不足のない気持のよい走りをしてくれる我が家のカニ目くん。

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もうすぐ車検ってこともあり、ちょっと気になっていた部分を整備します。今回取りかかるのは、がたの出ているフロントハブ。パーツリストから部品をピックアップし、前にもお世話になったB.R.Gさんおファックスで見積もり依頼。発注したら着払いで翌日すぐに届きました!

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これが外国の古いクルマを安心してのれる要因。残念ながら日本車だとこうはいきませんからね。

Jr


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世田谷モータース!?

2010年08月21日 08:30

ガレージづくりはコンセプトが大切
僕には息子が二人いて、その二人とも自動車整備士(一人はココにも登場する Jr)という珍しい家族だ。僕の親が新しい物好きで、戦後間もなく1948 Chevy FLEETLINEを所有していた影響から、僕自身がスズキでバイクと車のデザインをしたのだから、息子たちが整備士になっても何の違和感もない。たぶんクルマ好きの遺伝子があるのだろう。

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床のステンシルにはフリートラインとカニ目のガレージである事をアピール。ケータハムも書き加えないと。

だから!別に力む話ではないが、僕のガレージは車と一緒に「住む」というコンセプト。息子のガレージは車を「いじる」というコンセプト。これはすんなり決まった。ここで大切なことは、自分のガレージライフのコンセプトを決める!ということが失敗しないガレージづくりだ。このおかげで僕は、所有する3台の車のうち、今見たい、触りたい車を、自宅ガレージに置く。というスタイルを楽しんでいる。

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リビングのワークスペースとガラスで隔てたガレージ。ガレージのライティングはリビングからも調整可能。

自宅ガレージ
自宅ガレージは12畳(6坪)の狭い空間だ。もともとフリーのデザイナーだったころの事務所をそのまま改造した。ここではまだ子供が小さかった頃、ラジコンカーを親子3人で組み立てたり、プラモデルを創った場所だ。今度は本物の車を親子で楽しもうというわけだ。

setagarage05.jpg父のフリートラインとCB72

一番やってみたかったことは、よくあるアイデアだが、リビングから何時でも車を眺めていられるという設えで、はめ殺しのガラス越しに愛車が見えるようになっている。その他は、同好の士がどなたもやっているように、所有する車と同じミニカーをはじめ、車関係のグッズが並べている。ガレージのシンボルは、親父が所有していた当時のフリートラインと1955 Chevy 210の写真。それに僕がやんちゃをしていた頃またがっていた、ホンダCB72のスナップ写真だ。この思い出はなかなかで、いつか報告したいと思う。

昭和38年 世田谷モータース!?
このガレージ内装はすべて自分一人で手掛けた。OFCCの仲間で建築家から渡されたガレージは、壁と天井は総べニア張り、床はコンクリート打ちっぱなし、「さあ、あとは好きなように」と言うわけだ。これをどう料理するか!コンセプトが大切だと言ったが、僕が高校生の頃住んでいた世田谷の小さな整備工場をイメージモデルにした。今でいえば人気の世田谷ベースだろうか!?

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チープな素材も手を加えて経年変化を楽しめるように。それこそが贅沢!

時は、昭和38年頃。ところは、世田谷区の上北沢2丁目。戦後すぐに建てられた住宅の前が土間風の工場。東京オリンピックの1年前、まだこの国が様変わりする以前、こんな風景がよく見られたものだ。ちなみに、有名な世田谷ベースのご主人が埼玉でミニカー遊びをしていたころだろう(笑)。
ガレージのオーナーは、口数が少なく無愛想だが、めっぽう腕のいい整備屋で、来週の船橋サーキットで、宿敵のエランに一泡吹かせるために、キャブのセッティングに余念がない・・・。こんな風景を再現してみたいと思っていた。とりあえず、ここに収めるのは、Austin Healey Sprite Mk1がいい。どうだろう、フェラーリやポルシェがなくても、贅沢な装備がなくても、国産車が主人公でも、自分が心を寄せることができる仮想のイメージさえ浮かべることができれば、きっと素敵なガレージライフを始めることができるはずだ。・・・と信じて始めたのだが・・・。

48の父 馬場 了


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48PRODUCT ノスタルジックメッセージ

2010年08月10日 09:00

こんな時代に僕らは育った・・・

333メートルの世界で一番高い自立電波鉄塔・東京タワーは、関東一円にテレビ電波を発信し情報化社会の扉を開いた。

古代文明の発祥地から原油を運ぶマンモスタンカーは、造船王国日本と優れた商品を輸出する貿易国家を誕生させた。

アジアで初めて開かれた東京オリンピックに合わせて開通した東海道新幹線は、モノと人の豊かなコミュニケーションをつくった。

この国が将来、世界の中で成り立っていけるようにと、先輩たちが夢を実現する装置としてつくってくれた。

夢中で駆け抜けた

僕らは、夢を実現する立派な装置と多くの共感できる仲間を得て、クルマ、カデン、パソコン、ケイタイ、数え上げればきりが無いほどの商品を生み出した。それを世界中に売って歩いた。得た結果は世界で第2位の経済大国のポストと豊かな生活だった。そこには、光だけではなく影の部分があるけれど、先輩たちの資産を受け継ぎ、夢を実らせ頑張った自分と満足げな仲間がいる。

次の世代に手渡して

次の世代に僕らが手渡す資産は、バイオ、カンキョウ、ロボット、ナノテク、アニメと、資源の乏しい小さな国が工夫し、思いやりをたっぷり含ませた夢の苗だ。先輩から技術の種子を受け育てた苗を後輩たちに渡そう。それで世界に尊敬される国をつくってもらおう。この国は、未来の輝くステージの袖にいて、万雷の拍手で迎えられることを僕らは予感している。

さあ、お楽しみはこれからだ

頑張った僕らが学んだことがある。競い合い、誰かより、何かより、優れたものを生み出すことは素晴らしい。それよりも、自分らしく心からくつろげる時間が素晴らしい。人より先に手にいれる一番の気持ち良さは経験したけれど、奪われない、奪わない、自分が決めた一番のゴールインはもっと気持ちがいいということだ。そんな頑張ってきた自分に必要なものがあるとすれば、“自分が自分であることの証”なのだと思う。楽しみを高め合える仲間たちと、心からの笑顔で、「さあ、お楽しみはこれからだ!」と、自分に向かって囁くように叫んでみよう。

48PRODUCTは、頑張った人のNEXTを応援します

「さあ、お楽しみはこれからだっ!」

48の父 馬場 了


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