白州次郎とベントレー 1

2012年08月22日 10:54

今日の記事は「元気な企業を創るデザイン」CREWのblogから転載しました。


8月15日に想う
8月15日、終戦記念日です。中国では抗日戦争勝利祈念、韓国では光復節と言うことはご存知の通りです。流石アメリカの文物に浸りながら育った僕ですが、アメリカのVJ Day (Victory over Japan Day)とは絶対に言いません。個人的には「敗戦した日」と心にしっかり刻み、私たちのために戦ってくださった叔父たちや、多くの御霊に頭を垂れて、この国と世界の安寧を静かに祈っているのが毎年のことです。しかし、今年はいささか心が穏やかではありませんでした。

意思のない言葉を使う不幸
明治維新から大東亜戦争に至る経緯については様々な考えがあり、僕も自分なりの心と頭で、毎年どのように受け止めるべきか考えを更新し続けています。

しかし、こと「終戦」という“何の志も持たすに、自動的に事象が終わった”としか感じさせない表現を使わされ続けている国民であることに嫌悪感を持ち始めています。抗日戦争勝利祈念、光復節、VJ Dayなどと言う言葉に触れるたび、敗戦国の国民として胃の腑が重くなりますが、結果いかんに関わらず、意思を表明できる表現を得た国を羨ましく思います。きちんと“敗戦をした日”と心に刻む。そうすることで“戦いに勝った国”と、精神的に対等な付き合い方ができるのだと思っています。

今、ここにいて欲しい人
賑やかなロンドンオリンピックの心躍る日々が過ぎて、今年の8月15日は、いささか心が波立っています。今、あの人がここにいたら、どんな声で何を発するのだろうか?と考えます。青春時代を過ごした大好きな英国と戦わなければならなくなった彼は、ケンブリッジ大学の同窓であった選良(カントリージェントルマン)たちに向かい、オックスケンブリッジ訛りの英語で戦争回避を切々と訴える。戦争に突入するとヨハンセン(吉田反戦)グループにも関わり、戦後の自身の役どころを想定し徴兵を回避、武相荘に疎開していた彼のことです。

「だから戦争はやっちゃいけないと言ったんだ。負けることだって有るんだから、負け方を考えることも戦争を仕掛けた側の仕事だよ。一番始末が悪いのは卑屈になることさ」

・・・これは僕の勝手な妄想であることをお断りしておきます。
東北電力の社主であったことから311当時とその後、終戦などと言葉を濁して戦後総括を避けてきた今年の815のざわめき、愛するロンドンでのオリンピックでは日本選手の大活躍。彼ならどう考え何を語るのでしょうか。こんな時代だからこそ聞いてみたいと思います。

僕が関わった白洲次郎とベントレー
もうお気づきですね?その人とは白洲次郎のことです。いつか書いてみますとブログで言ったその人でもあります。

1924 Bentley 3 Litre

最初は、雑誌・書籍の中でしか知る由もない憧れの白洲次郎でした。多くの中のいちファンにすぎません。16年間、幸手クラシックカーフェスティバルをやっていて、ある年から、なんと!憧れの白洲次郎のベントレーと吉田茂のロールスロイスをセットで所有する湧井さん(ワクイ・ミュージアム)が協力者として現れるのです。ただのいちファンであり車好きの男が、白洲次郎=ベントレーと言う実体に触れ、ちょっと上級ファンになった気がして鼻が高くなります(苦笑)。

人間は共通する何かを秘めていると引きあうものですね。そこに、かつて白洲次郎を社主に抱いていた東北電力の方々とお付き合いが始まるのです。これで舞台を回す役者は揃うわけですが、そこに何かきっかけがないと物語は始まりません。縁は奇なものです。ある日、ある時、ある一言で、白洲次郎とベントレー物語の緞帳があがります。お楽しみに!

つづく

48の父


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