2013年10月03日 08:00
それはさて置き、週末にテレビで再び観ちゃいまして、やはり観れば観る程に心に沁みる映画だと思いました。今までも何度か触れていますが、ちゃんと取り上げていないなかったので改めてまとめておきたいと思います。
1972 Gran Torino Sport hardtop

Photo by Richard Spiegelman
物語はこのグラン・トリノにまつわるある事件からはじまります。このグラン・トリノはイーストウッド扮するコワルスキーのクルマ。フォードの工員を50年間勤め上げ、このグラン・トリノのステアリング周りも自分が組み立てたと語っていました。舞台はデトロイトで日本車の台頭と共にアジア系の移民が多く住む街になり居心地の悪さを感じています。公開当時はわかりませんでしたが、今のデトロイトの惨状を知ると、この治安の悪さも納得がいきます。奥さんに先立たれ、息子は日本車の営業マン。頑固者のコワルスキーにとって、このグラン・トリノは自分の人生の誇り、それを象徴するような存在なんでしょう。
ひょんな事からこのグラン・トリノを盗もうとしたモン族の少年を、世話する事になり・・・

Photo by John W.
モン族の少年タオにアメリカで生きる事を教えていくのですが、その手法がなかなか面白い。頑固で心をあまり許さないコワルスキー(ポーランド系)ですが、床屋のアイリッシュ系主人や建築関係の仕事をしているイタリア系の友人とは人種差別も交えたギリギリの悪態をついて会話をします。彼曰く「男の会話」だと。この認めあった男同士だからできる会話をタオにもやらせるんですよね。正にベストキッドみたいなもん。空手がトラッシュトークになっただけです。
この描写は単にコミカルなだけでなく、過去に移民としてアメリカを縁の下で支えて来たヨーロッパ系移民と現代のアジア系移民の世代を超えたエールの交換のような感じがしてまたいいんですよね。物語としては前後しますが、タオの「女は大学に行くが、男は刑務所に行く」ってセリフは現代社会の確信を突いたドキッとさせられる言葉でした。
1972 Ford F-100

Photo by Hannes
コワルスキーのもう一台の愛車がこのフォードのピックアップ。グラン・トリノの新車のような輝きに比べると錆だらけで道具として酷使されて来た事がわかります。(劇中は白いボディー)タオに建設現場の仕事の世話をしてやるのですが、そこへこのフォードのトラックで向かいます。

建設現場で働くには自分の道具が必要になります。コワルスキーのガレージにはたくさんの工具が壁に掛けられており、タオは「僕にはこんな工具を買うお金がない」と漏らしていました。「当たり前だろ!50年かけて揃えたんだから」とコワルスキーは話していました。そうなんですよね、グラン・トリノと並んで、これがコワルスキーの履歴書であり、誇りなんです。クルマの整備はもちろん、自宅の補修からガーデニングまで、アメリカでは男の仕事ですから。この中から必要な工具をタオに貸し、腰ベルト等は稼いだらお金を返せと新品を買ってやりました。ステキなシーンでしたよ。
タオは「庭いじりは女の仕事だ」なんて言ってましたけどね。アジア系の移民が多く住む街になってしまった事によって、家の前庭の芝生は荒れ果て、補修されない痛んだ家が建ち並ぶ風景がこれを象徴しています。
1992 Honda Civic

Photo by Mark Brown
タオの親戚でもあるモン族のギャングが乗るシビック。リアにはでかいGTウイングが取付けられていました。ローダウンして大音量で音楽を流しながら街をゆっくりと流します。このギャングからタオやその家族を守る為にコワルスキーはある決断を下します。その過程にはこれまでのタオ家族との交流や朝鮮戦争での経験からくる生と死についても語られました。
最後はキリスト教的な自己犠牲が未来への礎となるような感じでしょうか。コワルスキーの魂.誇りであるグラン・トリノはタオに引き継がれて終わります。物語は悲劇ですが、未来への希望が静かに続いて行くような結末は心に残るものでした。
この映画が一発で気に入ってしまったのは、私にとっての自慢されたいアメリカの象徴がコワルスキーでだからなんでしょうね。秋の夜長にひとりでじっくりと観るのにいい映画です。クルマ好きなら是非。
Jr

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